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最高裁判所第二小法廷 昭和53年(行ツ)127号 判決

上告人

白玉基

右訴訟代理人

青木正芳

被上告人

法務大臣

倉石忠雄

被上告人

仙台入国管理事務所主任審査官

田中徳郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人青木正芳の上告理由一、二、四について

原判決は、ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く外務省関係諸命令の措置に関する法律(昭和二七年法律第一二六号)二条六項はその規定の文言から推して出入国管理令二二条の二第一項の適用を除外するにすぎずそれ以上に同令全体なかんずく同令二四条の規定の適用をも排除するものとは解されないことを前提として、右法律二条六項に該当する者が同令二四条四号リに該当するものと認定され、同令五〇条に基づき法務大臣より在留特別許可を与えられた場合には、その者は右許可に付された在留期間その他の条件のもとでのみ本邦に在留しうるにすぎない趣旨を判示したものであることは、その説示に照らして明らかであり、原審の右判断は正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、原判決を正解しないでこれを非難するものであつて、採用することができない。

同三について

旅券に代る証明書及び在留期間を明示した法務大臣の在留特別許可書を所持している者が所定の在留期間を経過して本邦に残留する場合も出入国管理命令二四条四号ロの退去強制事由に該当する旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(塚本重頼 栗本一夫 木下忠良 鹽野宜慶)

上告代理人青木正芳の上告理由

原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令解釈の違背があるので破毀されなければならない。

一、近時、法令の解釈適用に際し、基本的人権の保障を意図しながらも、政治的妥当性を追求するあまり、法律の明文の適用も排斥して判決するや事例や時の政府の労働政策にもとづく労働政策的妥当性を追求するあまり、罪刑法定主義という刑事裁判の鉄則を無視し、一度、処罰しない範囲の行為と解釈を確定した判例を改め、立法によらず解釈により処罰の範囲を拡大するなど、法解釈の基本原則に忠実たらんとする若い法曹にとつては、理解困難な判決がなされている。

政治的な事情、政策的な事情が法解釈にあたり考慮すべき要素の一つであることは否定しないが、司法の民主的展開、立法府との正しい関係の確立という視点から考えると、このような事態は司法の歴史にとつても、ひいては我国の歴史にとつても禍根を残すものではないかとの危惧が感じられてならない。

本件もまた同様である。

一在日朝鮮人の問題ではあるが、かつての日本帝国主義の朝鮮侵略の問題について、歴史的にどのように結着をつけるか。具体的には一方的に被支配民族として、日本国籍を附与され支配された人びとが、日本の敗戦により解放された後、日本においてどのように処遇されるかという問題であり、歴史的に評価の対象なる、その意味では国際的な問題でもあるのである。

しかるに原判決はこのような基本視点を正しく理解せず、政府の処理を法的に追認するだけの判断、行政的妥当性だけの追求に堕しているものといわなければならない。

上告人の基本的主張を正しく把え、正鵠な判決を期待するゆえんである。

二、(一) 原判決は

「控訴人は、かつて法律第一二六号第二条六項該当者としての法的地位を有していたが、昭和三五年七月二七日、被控訴人法務大臣が出入国管理令第五〇条の規定を適用して在留特別許可(在留期間一八〇日)を与えたことによつて、法律一二六号第二条六項該当者としての法的地位を喪失し、その後は二度にわたる在留特別許可とその更新の範囲で日本国に在留できる法的地位を有するに過ぎなかつたものであるというべきである。したがつて控訴人が今日でもなお法律第一二六号第二条六項該当者として、別に法律の定めがあるまで在留資格や在留期間の定めなく日本国に在留できる法的地位を有することを前提として本件不許可決定が無効であるとする控訴人の主張は失当である。」

と判示している。

(二) しかし右判示は、明らかに法令の解釈適用を誤つている。

すなわち昭和三七年四月二八日「日本との平和条約」を発効させるに際し、我国が法律第一二六号を制定し、その第二条六項で

「日本国との平和条約の規定に基き同条約の最初の効力発生の日において日本の国籍を離脱する者で昭和二〇年九月二日以前からこの法律施行の日まで引き続き本邦に在留するものは、出入国管理令第二二条の二第一項の規定にかかわらず、別に法律で定めるところによりその者の在留資格及び在留期間が決定されるまでの間引き続き在留資格を有することなく本邦に在留することができる。」

と定めたのは、カイロ宣言及びポツダム宣言の趣旨に従い、朝鮮人民の奴隷状態からの解放等を降伏文書に調印した昭和二〇年九月二日を起点として誠実に履行するとの趣旨にもとづく過渡的処理に過ぎない。

そして、本邦において日本国籍を有していることを前提に生存してきた多数の朝鮮人など国籍を離脱することになる人びとの根本的処遇は後日抜本的に「法律」で定めることとし、それまでは従来の状態、すなわち日本人であつた時と同様に生存、在留することを当然のこととして承認したまでに過ぎない。

そして、この「法律」は未だ制定されていない。

右法律制定が予定された時から、二六年間、未だに制定されていないことは争いのない事実である。

これは国際政治の反映でもあることは間違いないが、しかし例えば学校図書館法一五条二項の定め、すなわち国の費用負担を免れる制度を「当分の間」ということで作つて、それを二五年間放置して来ている政治、行政の怠慢と同様に関係者にとつて、甚だ不幸な深刻な問題であることは疑いない。

司法の任務は、かかる政治、立法の怠慢を追認することではない。

上告人はかつて法律第一二六号第二条六項該当者として法的地位を有していたものであることは原判決も認めているところである。

原判決は上告人の右法的地位は、法務大臣が出入国管理令第五〇条の規定を適用して在留特別許可を与えたことにより喪失したと判示する。この論理は「法律」により付与されることが予定されていた在留資格が「行政」により付与されたから「法律」が制定されないというものである。

しかし右法律は一大臣の行政裁量権に日本国籍を離脱する多数の在日朝鮮人等の在留権問題の処理を委ねる趣旨を含むものでないことは明らかである。

このような右法律の趣旨を理解せず、行政的に在留特別許可を受けることにより、法律第一二六号第二条六項の法的地位を喪失するとの原判決の判断は誤つた行政追認の法令解釈として速やかに改められなければならない。

三、(一) 原判決はまた、在留特別許可書を受けた者は旅券を所持している場合に該当するので、出入国管理令二四条四号ロで退去強制を考えることは当然になしうると判示する。

(二) しかし前述したとおり、法律第一二六号第二条六項該当者としての法的地位を有するものはそもそも旅券等一切所持なしに在留できるのであり、事実しているのであり、上告人については在留特別許可を与えたこと自体が誤りであるので、上告人は旅券など所持していない適法な在留者と扱われるべきものであるから、原判決の右判示もまた法令解釈の誤りであるといわなければならない。

四、以上の原判決の法令解釈の違背を速やかに改めることを求めるものである。

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